受講生のコメント

「わたしは、8年ほど前に小脳の病気を発症して今に至っています。

その病気は10万人に1~10人の割合で発症するもので、原因不明で治療法も治療薬なく進行性のものです。

ネットや医学書には、「症状や進行の具合は人によって差があるが、進行が進むと車いすや寝たきりになることが多い」とありました。

わたしは絶望して生きる気力もなくしてしまい、まるで抜け殻のような日々を送っていました。それでも家族の励ましのなか、自分の気持ちの葛藤を経て、3年後、ようやく精神的に立ち直って病気を受け入れることが出来ました。

しかし、進行していく不安と、どうせ治らないだろうという諦めの思いだけは心の深いところから消し去ることが出来ないでいました。

完治は無理でも、せめて「アロマテラピー」で自分を癒し、「養生気功」というものを学んで少しでも健康になれたら・・・と思ったのです。

気功については全く知識もなく教わることはとても新鮮でした。中野先生とお話していくうちに、先生が

「気功を学んだことで、人から受ける嫌な感情も私には関係ないと流せるようになった。」

とおっしゃったことがありました。わたしはそのことが強く印象に残りました。

 

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というのも、私は人に影響されやすく嫌な感情もまともに受け、必要以上に悩みストレスを強く感じるタイプで、まさに嫌な感情を流すことが出来ない人間だからです。

そんな性格や考えが病気を生んだのかもしれないのです。わたしは気功をもっと深く学べば、自分の精神をもっと強くしなやかにすることが出来て「流せる人」になれるのではと考えました。はじめて「気のボール」が出来た時は、不思議な感覚がしたのですが、とても面白いなと感じてもっといろいろなことも知りたいという気持ちになりました。

先生のように「自分に不要なものを流す」「ストレスをためない」「嫌なことは真に受けない」そんなことが気功やそれに関連する精神修行で身につくかもしれない・・・そう思えたのです。

 

それから私は気功と瞑想、イメージトレーニングなどのことを調べ、関連する本も読み、毎日のように練習してみました。

まず、自分は病気という先入観を外す、完治して走り回っている自分をありありとイメージする、そして気功でハンドパワーをつけて自分の身体を労わる。そんなことを一生懸命やりました。

もし私が健康だったら、こんなことは絶対にやらなかったでしょう。でも、私は必死でした。この一年で病気が一気に進行していたからです。

このままでは、悪くなるのを待つだけだからです。

わたしは治りたい!

治って幸せになりたい!

杖や車いすなんて絶対に嫌だ!

その一年で瞑想、イメージトレーニングをやり続けました。

 

すると、「私は病気ではない!」というイメージが沸き上がり、それまで歩くのが辛かったのに少し楽になっていたのです。これはどういうことなのかと考えました。「私は難病だから少しずつ進行するのだ、歩きもおかしくなるのだ」という、マイナスの思い込みが私を歩きにくくしていただけなのです。

症状の一つでもある言葉の喋りにくいのさえ改善されていました。

また、瞑想によって頭で考えるのではなく「心で考える」ことを体得したところ、よけいな雑念を感じることがなくなっていきました。

それまではどんなに考えまいとしても浮かび上がってくる苦手な人への思いや、今までの人間関係で残ったしこりのようなものが遠い出来事のように感じられ、思い出したとしてもたいしたことではないと思え、はじめて「流せる」ようになっていました。

わたしは難病を何とか治したいという気持ちがきっかけなので、誰もが気功をこう捉えるとは思いません。

けれども、たとえ病気ではなくても誰でも心のあり方次第で人生が変わると思うのです。

そして、アロマや気功、瞑想などで心をケアして、トリートメントなどで身体をケアして常に自分を大切にするということは、とても意味があることだと思います。

中野先生の教室に通い気功に触れることでそこに気づくことが出来ました。

まだ時間はかかると思いますが、これからもっともっと健康に向かっていきたいと思っています。

 

 

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